迷っている時間が長いことについて

止まっているように見える時間
結婚や人生の話になると、「まだ決められない」という状態は、どうしても停滞のように扱われがちです。
周囲が前に進んでいるように見えるほど、その感覚は強まります。
けれど、迷っている時間は、必ずしも何も起きていない時間ではありません。
外からは動いていないように見えても、内側では整理が続いていることがあります。
考えている。比べている。揺れている。
それらはすべて、判断に至る前の過程として自然なものです。
早く決めることが「正しい」とされやすい空気
現代では、選択のスピードが評価されやすい傾向があります。
決断力がある、行動が早い、迷わない。
そうした言葉は、前向きなものとして扱われがちです。
その空気の中では、時間をかけて考えている状態が、
どこか劣っているように感じられることもあります。
ただ、早く決めたことと、納得して決めたことは同じではありません。
速さだけで測れるものではない選択も、確かに存在します。
迷いが長くなる理由は、人それぞれ違う
迷っている時間が長い背景には、さまざまな要素があります。
慎重さ、過去の経験、背負ってきた役割、期待への配慮。
それらが重なっている場合も少なくありません。
ここで重要なのは、それを性格や努力の問題に単純化しないことです。
迷いは欠陥ではなく、状況への反応として生まれるものでもあります。
「簡単に決められない」という事実だけで、
その人の価値や能力が決まるわけではありません。
決めないままでいることにも、意味がある場合がある
すぐに結論を出さず、保留にしている状態。
それは中途半端に見えるかもしれません。
けれど、無理に決めないという選択が、
結果的に自分を守っていることもあります。
まだ言葉にならない違和感。
整理しきれていない感情。
それらを無視しないために、時間が必要な場合もあります。
決めない時間は、必ずしも逃避ではありません。
迷いが続くこと自体を、問題にしすぎない
「こんなに考えているのに決まらない」という状態は、
珍しいものではありません。
それを異常だと決めつけると、
余計に考えが固まり、動きづらくなることもあります。
迷っている時間が長いからといって、
何かが欠けているとは限りません。
ただ、今はまだ途中にいる。
それだけのことかもしれません。
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ここに書いているのは、
急いで答えを出すための文章ではなく、
考えを整理するためのメモです。
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