情報を集めているのに、なぜ決められないのか

「ちゃんと調べている」という事実
結婚や人生の選択について、情報を集め続けている人は少なくありません。
本、記事、SNS、体験談、専門家の意見。
一通りではなく、かなりの量に触れている場合もあります。
その状態は、一見すると前向きで、理性的で、準備が整っているように見えます。
実際、「何も考えていない」わけではありません。
むしろ、考えてきた量は多い。
それでも、決められない。
この矛盾は、努力不足では説明がつきません。
情報が増えるほど、軸は見えなくなる
情報は、本来、判断を助けるものです。
ただし、それは「軸」がある場合に限られます。
集める情報が増え続けると、
異なる価値観、異なる正解、異なる人生像が同時に並びます。
どれも間違っていない。
どれも魅力的に見える。
どれも否定しきれない。
その結果、判断基準は外側へ外側へと広がり、
内側で使えるものが見えなくなっていきます。
情報収集が、止まる理由になるとき
情報を集めている間は、決断を先送りできます。
まだ足りない、もう少し知ってから。
そう言い続けることが可能だからです。
この状態は、無意識のうちに安定を生みます。
決めなくていい理由が、常に手元にある。
動いていないのに、
「何かをしている感覚」が保たれるからです。
問題なのは、情報そのものではありません。
情報収集が、「決めないための構造」として機能し始める点です。
正解を探すほど、自分から離れていく
多くの情報は、「一般的には」「多くの場合」「成功例では」という形をしています。
それらは参考になりますが、同時に主語を曖昧にします。
判断の主体が、
「自分」ではなく「平均」や「理想像」へとずれていく。
すると、どれだけ調べても、
最後に残るのは「自分の場合はどうなのか」という問いです。
その問いに答えられる情報は、
外側には存在しません。
情報が多い人ほど、迷いが深くなる理由
情報を集め続ける人ほど、真剣です。
適当に決めたくないという姿勢があります。
だからこそ、選択の重みを軽く扱えない。
軽率だと思われることを避けたい。
間違えたくない。
その結果、情報は増え、
判断のタイミングだけが遠のいていきます。
これは意志の弱さではなく、
構造の問題です。
決められない状態は、能力の問題ではない
情報を集めているのに決められない。
それは矛盾ではなく、起こりやすい現象です。
ただ、情報が増え続けるほど、
決断が遠のく仕組みがある。
それだけは、事実として存在しています。
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ここに書いているのは、
急いで答えを出すための文章ではなく、
考えを整理するためのメモです。
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